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春風の中の御遷宮

エッセイ

シリーズ・エッセイ17
春風の中の御遷宮
安田充年

 第62回の神宮式年遷宮が迫っている。俳句を趣味として40年を越えたが、その間にこの遷宮と俳句の関係で思い出深い話を一つ書いてみたい。

 江戸時代に出された俳句の本に『俳諧名所小鏡』というものがある。日本全国の名所を俳句で紹介しようという本である。従ってその中には当然伊勢国もあり、神宮もある。そこに

 春風やけふ遷宮の明る朝 枳風

という句が載っている。これをある人が解説して次のように述べていた。

 「季節が合わない。遷宮は九月(新暦のほぼ十月)に行われ秋の季題ともなっている。歴代六十一回の遷宮が行われたが、この時期を大きくはずしたのは戦国の動乱期だけである。しかし、この句は「秋風や」では句にならない。遷宮の終わった安堵感と満足を託してあえて春風と詠んだものであろう。」

 確かにこの指摘のとおり、俳句の歳時記では「遷宮」も季語の一つであり、季節は秋に分類されている。遷宮は20年に一度しか行なわれない神事ではあるが、中心となる正殿の御遷座が古来九月に斎行されてきたからである。こうした歳時記の季節設定によって判断するならば、明らかにこの枳風の一句は季節が合わない。旧暦の9月に春風が吹くということは有り得ない。解説者が首を傾げるのは当然のことといえる。

 しかしどうも私には生まれながらに「ひねくれ根性」があるようで、「ない」といわれた本を無理に探してみたり、理に合わないところを敢えて信じてみようとしたりする悪い癖があるようだ。この時もその「ひねくれ根性」が動き出した。春風が吹く御遷宮は本当になかったのだろうか。

 そこで私は神宮司庁へ直接電話を入れて教えを乞うた。その結果、遷宮にはいわゆる「式年遷宮」の他に「臨時遷宮」と「仮遷宮」があるという貴重な教えを頂けた。あとはこの句の作者「枳風」なる人物の生存した年代である。この人物の生存した年代に春に斎行された遷宮があったとすれば、この句は立派に成立する。しかし私はこの枳風という人を全く知らなかった。何とかそれを調べられないものかと考えていたある日、偶然図書館でこの「枳風」という名を目にすることができた。それは『俳諧人物便覧』という本で、そこには

 枳風 芭蕉門見綾錦集

とあった。これで枳風が芭蕉門の俳人であることが分った。ということは枳風の生存期間は芭蕉のそれとほぼ重なる。

 それではその年代に適合する神宮の遷宮で、春に行われた遷宮はあったのだろうか。早速手許の資料を点検してみたところ、それはあった。それは天和3年(1683)3月10日に行われた臨時遷宮である。即ち、この枳風の句を文字通りに信用するとすれば、彼が拝したであろう遷宮は天和3年3月10日に行われた内宮の臨時遷宮であったということになる。

 思えばこれは、芭蕉が『おくのほそ道』の末尾に「長月6日になれば伊勢の遷宮おがまんと、又舟にのりて」と前書きし

 蛤のふたみにわかれ行秋ぞ

と記して筆を擱いた元禄2年の式年遷宮の、わずか6年前のことなのであった。

(阿賀野市・安田八幡宮宮司)
【平成20年5月1日「庁報新潟」第83号より】
※内容は庁報掲載時のものです。

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