お知らせお知らせ

新潟県の神社訪問25 曽根神社

神社訪問

新潟県の神社訪問25
新潟市西蒲区曽根
曽根神社

■曽根神社は国道116号線とJR越後曽根駅の中間付近に位置し、古い民家が立ち並ぶ静かな場所に鎮座している。氏子世帯数は1900戸。御祭神は建御名方尊。

 由緒書によると創建時期は不詳だが、平安時代中期、延喜年間(901~922)に曽根村見帯の地に鎮座されていたとの伝えがある。その後、永禄三年(1560)に諏訪大社より分霊を仰ぎ、現在の地に遷したという。その見帯の故地近くには「元宮」と呼ばれる神社が祀られている。そして元治元年(1864)に社号を曽根神社に改め、昭和十年には「官幣大社諏訪神社分霊曽根大神」の称号を得た。

 入口に建つ社号標から拝殿までは奥行きがあり、とても広大な社地を持つ。境内には舞殿とその楽屋や、今は使われなくなったが、かつては国体相撲競技にも使われた立派な土俵がある。参道の途中に天満宮と開運稲荷社、そして社殿の左に氷川神社、右に古峯神社が祀られ、社殿の前には市指定天然記念物で樹齢450年の大欅の大木がそびえ立っている。

■この地域で行われる「西川まつり」は、曽根神社の秋季神幸式大祭に合わせ、8月末の金曜から日曜日にかけて開催される。民謡流し、御輿渡御をはじめ、コンサート、小中学生のマーチングパレード、大筒花火大会などダイナミックなイベントが多数行われる。その中の神輿渡御は越後傘鉾行列として有名で、柄の上に武者人形や纏を持った火消し人形などが飾られた傘鉾、山車、御稚児様、各町内屋台、鉄砲持ち、弓持ちなど総勢500人余りが太鼓や笛の響きと共に華やかな衣装で本町通りを練り歩く荘重な伝統行事である。

 初日は曽根神社を出発し、曽根九番町にある琴比羅社で一泊。翌日は曽根一番町、二番町の神明宮で休憩後、曽根神社に戻る。今年は御遷座450年ということで先に記した「元宮」にお泊まりになった。また奉祝行事として禰宜により浦安の舞も奉納された。

daddb81b08379fadcc9a489f5d388f21

■宮司は南學正和氏。昭和6年生まれで現在80歳だが、毎朝6時に地元の有志と共に朝拝を行っており、大祓の後に祝詞を奏上し茶談。これを1日も欠かさず行っている。禰宜である奥様の雪枝氏は西蒲原支部の事務局を担う傍ら、曽根小学校の女子児童を対象に、舞姫の養成にも取り組むなど、地元との密接な関係を築いている。

2ab1a7d6027d4ee31fb3588a7e184f9f

■境内にある天満宮の御祭神は菅原道真公と新保正與(まさとも)公の御霊である。講員850世帯、歴代校長を会長に各地区世話人やPTAなどで校祖会を組織している。6月末に行われる例祭は校祖祭と称し、曽根小学校全児童によって四角燈籠にそれぞれ好きな書や絵を描いてもらい奉納。境内にひも綱を張り渡し、その燈籠を吊り下げる。夜には、その350基にも及ぶ燈籠に明かりが灯される光景は圧巻であるとのこと。そして全児童とPTAの方々などが集まり、宵宮や花火大会、豊栄舞が奉納され、子供達は毎年の楽しみとしているようだ。

 このように全児童が参加する学校を挙げての行事になっているのは、曽根小学校の初代校長であった新保正與氏の教えによるもの。曽根出身の教育者で、この地に私塾を経営し、明治3年には峰岡藩に乞われ、藩校入徳館の教壇につく。その後、曽根小学校の初代校長となり、教育の大切さを広めることに尽力された。その教えは今でも受け継がれており、毎年この例祭が近づくと全校児童にその威徳が説かれているなど教育に熱心な風土が根付いているようだ。

■戦後、教育の変化で神様との関わりが希薄になりつつあるが、伝統行事を守り、先祖から受け継がれた習わしや礼儀作法などを大切にしていきたいと宮司は仰っていた。

(神社庁・渡辺)
【平成24年1月1日「庁報新潟」第94号より】
※内容は庁報掲載時のものです。

記事一覧に戻る