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音に宿る霊力

エッセイ

シリーズエッセイ11
音に宿る霊力
藤﨑 重康

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 毎年、七五三の御祈祷で感じるのは、最近の子供達の名前が随分と変わってきたなと言う事です。女の子の名前から「子」が消えて久しい此の頃は、漢字なのに響きが洋風?の名前、漢字本来とは全く違う奇抜な読み方の名前等、益々多彩になって来ました。これは人名漢字が増えたこともあるでしょうが、表意文字としての漢字の意味と違う読み方をする傾向が顕著になってきたからだと思います。

 漢字には表わす意味と発音した時の音(おん)と二つの要素がある訳で、例えば「ゆうこ」と言う名前に優子、裕子、夕子、由布子等がありそれぞれ違う人格の人ですが、他人から「ゆうこ」と呼ばれれば皆同じく返事をする事からもわかるように、名前の場合は文字よりも音としての要素の方が重要なのです。赤ちゃんの時から名前を呼ばれ続ける事で「ゆうこ」と言う音に反応するようになり、その響きが大脳に与える刺激により性格が形成されて行く。

 これは、随分前に読んだ本の受け売りですが信憑性のある説です。その本には、名前に付けられた50音それぞれの響きによって形成される性格が書かれていて自分の名前の場合も結構当たっているのでびっくりしたものです。

 ところで私は中学の時、神社の神楽の笛に興味を持って以来、笛尺八の音に魅せられ、今も演奏稼業を続けているのですが、言うまでも無く音楽では音が演奏されてこそ音楽であり、音譜そのものでは当然感動を呼びません。

 皆さんはピアノの音、箏の音、フルートの音等楽器の音を聴いて何を想い浮かべますか?人それぞれによって、又楽器によって皆違うと思います。どのような音楽を、これまでどのように聴いて来たかという事が作用している為で、音が人の心に与える影響は計り知れません。

 私はこれまでの長い演奏活動の中で何回か不思議な経験をした事がありました。独奏を吹き終えた時に、それまで自分が吹いていたという実感が何故か無いのです。聴衆が拍手をしているので確かに演奏していた筈なのですが、何か見えないものに吹かされていたような不思議な思いでした。

 ひょっとすると私が吹いている音は、本当は自分の音では無く、もとから既に波動としてこの空間に存在しているものに私がアンテナとして共振し、それを増幅して音にしていただけなのでは?と思ったりしたものです。

 霊的なものも波動だとの説があります。言霊と言う概念は、潜在的にある言葉の霊力が、音として発せられる事によって発揮されると言うのですが、私の経験からすれば十分にうなずけます。

 とすれば古代から受け継がれる祝詞、祭文は勿論、神楽、雅楽、催馬楽等神祇の音楽にもやはり霊力が備わっている事になります。それらはまさに時空を超えて存在する日本民族の魂、神道的理念との共振、増幅そして発信の行為そのものではないでしょうか。

(三条市・八幡宮宮司/邦楽演奏家[笛・尺八])
【平成18年1月1日「庁報新潟」第76号】
※内容は庁報掲載時のものです。

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