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月満夜に弾ける里神楽の力

エッセイ

シリーズ・エッセイ36
月満夜(つきみちよ)に弾ける里神楽の力
岩片 克己

 越後桑取谷は、上越市の西部中山間地に位置し、長さ僅か十五㎞の桑取川に沿った小さな谷である。この桑取谷を中心にした桑谷(そうや)地区には、大小二十四の集落があり、二十一の神社が祀られている。それぞれの集落には、氏子の皆さん全員が参拝されて座られる立派な社殿があり、過疎化が進んで戸数が減った現在も維持管理されている。

 この地域の神社は、古くは奈良時代から平安時代初期に勧請されたものと伝えられており、上杉謙信の時代には春日山城の西の防衛線として、信仰の力も合わせて人の石垣が築かれていたのではないか?山村の小さな集落に立派な社殿が設けられ、維持管理されている現実にその名残を感じる。

 それは、信仰というより「生活と神様が切っても切り離せないものであった。」という方が、適切な気がする。自然崇拝から生れた日本人の暮らしと、それを支える神の存在も時代の変化と共に変わってきた。仏教の渡来、武家の台頭、戦国時代、経済・文化の醸成、地球規模の交流など。この桑取谷では、日本の近代化と少し距離をおいた人々の暮らしがあったと思われる。

 日本が高度経済成長の波に乗り大きく変化したその時まで、この地では、神様と共に暮らす人々の営みが続けられてきた。年の初めに若水を供え、八百万の神様をお招きする。木を切るのに山の神様に感謝・奉告し、家に災いが入り込まないように塞の神にお願いする。火の神、水の神、年の神などあらゆる神様が暮らしの中に祀られていた。

 人々は、神様への感謝の念を色々な形で表してきた。神饌に自分が収穫したお米や野菜を供えたり、神殿を整えたり、祭りに使用する道具を揃えたりと様々である。その中で時代の変化に左右されず続けられているのが、里神楽の奉納である。神様の召し上がられたお神酒や神饌をいただき、奉納する神楽を神様と共に楽しむのである。神様をお慰めし、元気に頑張る姿を喜んでいただき、時間と空間を共有するものとして神楽が伝えられてきた。

 価値観が多様化し情報が氾濫する現在、山村の暮らしも否応なしに変化の波に洗われてきた。人々は都市に流れ、便利さ至上の価値観が山里にも蔓延している。しかし、神様と共に暮らすこの地の人々の心の中には火種があった。一人ひとりが日々元気に明るく暮らせること。それは、地域の元気であり、その上に立つ生活こそが「活きた何か」をもたらしてくれる。「何か」とは、家族の健康であったり、仲間との絆であったり、生きる充実感で有ったり様々である。それを感じた時どこかに「神」を感じるのではないだろうか?

 山里に営々と伝えられてきた「神を感ずる心」今、最も人の生活の中に取り戻したいものである。地域を元気にする中心に神様の存在があり、神様と人々を繋ぐそこに「神楽」の力がある。祭りに集い、神楽に興ずる人々の笑顔に神様の喜びが重なり合う瞬間に地域興しの力が弾ける。

「越後桑取谷 月満夜の里神楽」上演会、今年は第八回目を十月五日に行います。
(上越市・白山神社宮司)
(平成26年10月1日「庁報新」潟第102号より)

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