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神々の森と里山

エッセイ

シリーズ・エッセイ2
神々の森と里山
小川清隆

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 私は少年時代からこんにちまで神社奉仕の傍ら植物の研究、観察を続けてまいりました。一頃は高山植物を求めて登山などもおこないましたが、体力の乏しい私は何時しか神社の森、各地の社叢に関心を持つようになりました。

 ご存知のように社叢は神様の御住まいになる神聖な所として古来斧を入れる事が禁じられて来ました。そのためこうした森は植林される事も無く、その土地に最も適した自然の儘の森林となって今日まで保存されて来たのです。それらの樹種は南ではキスノキやシイノキ、ヤブツパキなどの照葉樹、新潟県など本州の中部以北ではナラ、サクラ、ブナなどの落葉広葉樹が自然林を作っています。

 こうした社叢や神木の中には学問的に貴重であるという事で、天然記念物に指定されたものも少なくありません。これは神様がお守り下さったお陰と言えるのではないでしょうか。無論天然記念物に指定されていない社叢にも貴重な森や神木が沢山あります。

 ところで最近里山という言葉をしばしば耳にします。里山はかつては農山村に住む人々の生活のあらゆる物資を供給する場として重要な位置を占めていました。そこでは建築材は無論、繊維をとるためのカラムシ、臘も灯明の油も漆も、またトチの実や様々な山菜を食料として供給してきたのです。

 当時の里山は針葉樹林ではなく雑木中心だったのです。しかし生活の雑貨が簡単に手に入るようになって雑木は伐り払われ、スギやヒノキの植林が行われるようになりました。こうした植林地には無限に人手がかかります。近年の農山村の人口の減少が里山の荒廃を招きました。加えて需要の減少がこれに拍車をかけます。草苅十字軍などのボランティアだけでは広大な里山に手入れが行き届く筈がありません。

 ここで神様の森にもう一度目を転じて見ましょう。誰がいったい神様の森に手入れなどしたでしょうか。一度もそんな事はありませんでした。にもかかわらず立派な自然が今日まで保たれていたのです。このあたりで里山も神様の森と思考を替えて人手を加えず神の手に、いや自然の手にゆだねて見てはどうでしょうか。

(上越市・春日山神社宮司)
【平成14年1月1日「庁報新潟」第64号より】
※内容は庁報掲載時のものです。

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